スポーツの語源

先日紹介した
「サッカーが劇的にうまくなるタニラダー・メソッド 」に

サッカーが劇的にうまくなるタニラダー・メソッド (扶桑社BOOKS)
下記の一文がありました。
スポーツの語源は、ラテン語の「deportare(デポルターレ)」にさかのぼり、「荷を担わない、働かない」という意味の言葉が、古フランス語の「desporter」となり、「気晴らしをする、遊ぶ、楽しむ」といった意味をもつに至ったようです。これが英語の「sport」になったといわれています。まさに、プレーをする根本の部分を指しています。
スポーツという言葉が日本に伝わってきたのは明治初期の文明開化の時代です。わが国は富国強兵の国策により、スポーツ活動は、兵隊の訓練や養成のために、身体を鍛えることに使われていました。これは「スポーツ」が意味する内容とは異なるので、「運動」や「体育」といった言葉が使われるようになります。 さらに、軍国主義の世の中となった戦前の日本では、軍事教練と体育教育が一体化。その後、第二次世界大戦が終わって、民主主義の時代が訪れても「スポーツ=体育」という考え方が残ってしまいました。
ここら辺がサッカーをスポーツとして捉えられていない
日本の現状とも言えるのではないでしょうか?
これを読んで
「なるほどな~」と
私は思ったわけです。
私は、
「スポーツは
厳しくなければいけない」
「練習は
厳しくなければいけない」
と思っていました。
なぜか知らないけど
そう思い込んでいました!
でも、それが兵隊の訓練や養成から来ていたと言われると
「なるほどな~」
と感じたわけです。
そういう考え方が
頭に刷り込まれている。
私的には「甲子園」と聞くだけで
厳しいってイメージがありますし、とんねるずの影響で「帝京」と聞いただけで厳しいというものが頭の中に捻りこまれていますw
こういう頭を持った同じ世代の
方が子供たちを指導していたら、
そりゃ楽しいものではなくなるw
指導者本人はそう思っていなくても、身に付いたものが出てしまう。
そうなんじゃないですかね。
勝手な妄想ですがw
だからいきなり変わるのは難しい。
でも少しずつなら変われるし、実際に変わってきていると思います。
自分も変わってきていると思う(爆)
とにかく引き継ぐものは
引き継ぐ!
ダメなものは変えることが
大事ですね。
戒め戒め(爆)
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