第4章:戦術の本質 — 枝葉を捨て「勝機」を徹底する

サッカーは、究極にシンプルなゲームです。相手よりも多くのゴールを奪えば勝ち、そして、相手にゴールを許さなければ負けることはありません。
この本質を忘れて、複雑な戦術や、華麗なプレーに目を奪われていてはダメです。
第4章では、サッカーの「勝ち」という結果に直結する本質的な要素に焦点を当て、複雑な枝葉をそぎ落とし、いかにシンプルな勝ち筋を徹底すべきかを掘り下げていきます。
「何のために」走るのか: 手段が目的化していないか、問い直す
「もっとたくさん走れ!」「運動量が足りないぞ!」
サッカーの指導現場や応援席から、最も頻繁に聞こえてくる言葉の一つです。確かに、サッカーにおいて走ることは不可欠な要素です。しかし考えてみてください。選手たちは、そもそも「何のために」走っているのでしょうか。
ボールを奪い返すためでしょうか。味方の攻撃の選択肢を増やすためでしょうか。それとも、ただ「走っている」という事実によって、自分自身の不安を打ち消し、周囲に「頑張っている姿」を見せて満足していないでしょうか。
息子が所属していたクラブの監督は「とにかく相手を追いかけろ」「前線から激しくプレスをかけろ」と運動量を求めていました。息子はその言葉通り、ピッチを縦横無尽に走り回り、試合後にはユニフォームを泥だらけにして息を切らせていました。
しかし、それほど必死に走り回っても、チームの結果には繋がりませんでした。 理由は明白でした。
走ることばかりが優先され、肝心の「ボールを奪う」、あるいは「相手の自由を奪い攻撃を遅らせる」という本来の目的から逸れてしまっていたからです。
闇雲なダッシュは、相手に簡単にいなされ、体力を無意味に消耗させるだけでした。そして、いざ決定的なチャンスが訪れた時や、本当に対処すべき危機の瞬間に、肝心の足が動かなくなっていたのです。
これは、私たちの日常やビジネスの世界でも全く同じことが言えるのではないでしょうか。
「毎日遅くまで残業したから、自分は頑張っている」
「分厚い資料を何十枚も作ったから、仕事をやり遂げた」
これらは、本来の目的である「成果を出す」「顧客の課題を解決する」という視点から見れば、単なる手段が目的化した状態に過ぎません。
「一生懸命」という言葉は美しい響きを持っていますが、時に私たちの目を曇らせます。努力の方向性が目的とズレていれば、それは単なる「徒労」に終わります。
本当に必要なのは、今この瞬間、自分の取っている行動が「何のために、どんな結果を導くのか」を常に問い直すことです。
ピッチを俯瞰し、走るべきタイミングと、牙を剥くべき瞬間を冷徹に見極める。この「目的」に直結する行動だけを研ぎ澄ませて選択する冷静な視点こそが、無駄を削ぎ落とし、最短距離で勝利へと辿り着くための唯一の道なのです。






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